南枝北枝の梅

南枝北枝の梅、父からきいた言葉です。
学生時代、何かとお説教をくらうことが多く、また、訓示めいた話もよくきかされたものでした。そんなときに耳にしたのではないかと思います。

「南枝北枝の梅といってな~・・・・」と言葉の意味も語っていたようでしたが、
私にしれみれば馬耳東風で、「そんな言葉きいたこともない」といった調子。
それどころか、父が勝手にこじつけている造語めいた言葉とさえ思ったものでした。
何しろ座らされて、長々ときかされるのですから、、たまったものではない。

けれども、「南枝北枝の梅」、この言葉自体は印象にのこったようです。
後年、梅をみたときなど、浮かんでくることが幾度となくありました。、

一昨日、近所の公園で梅をみていたときもそうでした。
そこで、撮ってきた写真をパソコンに取り込むついでに検索してみたのです。
四字熟語や格言の類にある言葉なのか、どうか・・・・・?

ちょっとびっくりでした、ありましたよ、あったのです。

      東岸西岸の柳 遅速同じからず
         南枝北枝の梅 開花己に(すでに)異なり


平安時代の有名な文人、慶滋保胤(よししげやすたね)の著書に由来するようです。
意味するところは「同じ春とはいえ、地形や場所によって季節の到来には遅速がある。
開く花あれば、散る花もある」といったことのような・・・・。

こうした出典など父が知っていたとは思えないのですが、ともかくも、父の勝手な
造語めいた言葉ではなかったようです。いや、はや、恐れ入りました。
そうとわかったからには「勝手なことを言っている」など揶揄的であったこと、
ここは先ずは天国の父に頭を下げなければならないでしょうか。 
「父上さま、誠にご無礼いたしました」 

父が亡くなってからもうどれくらいになるでしょうか。
「おまえは、どうせ、親爺がうるさいことを言っているとでも思っているのだろうが、
親の言うことはきいておくものだ。親は子どものためにならないようなことは言わない」 
など、これはもうさんざん言われてうんさりしたものでした。
けれども、今になってみれば唯々懐かしく、きかされたあれこれが
しみじみと有り難く思われます。

そういえば、「親の心 子知らず」という諺がありましたね。 
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寒空の下、凛として咲いている・・・・・いいですね~。
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by suirenn2 | 2017-01-25 10:49


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