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般若心経を暗誦・・・・

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「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄・・・・・・・・」
「カンジーザイボーサーギョウジンハンニャハラミタジーショウケンゴウンカイクウド・・・」
「般若心経」です。正式な題名は「摩訶般若波羅蜜多心経」。
文字数にして本文266文字、仏教の経典の中でも極めて短いお経ですが、
この僅か266文字に仏教の真髄が凝縮され、仏の教えのエッセンスのようなお経なのだそうです。
お経などまったく興味がなくても「般若心経」の名前だけは誰でも知ってますよね。

この「般若心経」を覚えたい、暗誦したい・・・・・以前から何となくそんな思いがありました。
初めて耳にしたのは高校生の頃で、その頃からそんな気持ちがあったような・・・・・?
ともかく、一念発起、2月早々から始めて、完全に暗礁できるまでに2週間ほどかかりました。
普通に喋る日本語ではない、暗記力も衰えている、たった266字を覚えるのもシンドイこと!

「般若心経」の中には、「空」の字が7回、「無」の字が18回、「不」の字が9回出てきます。
それで「ないないづくしのお経」とも言われているそうですが、「空」「無」「不」といっても
それぞれ意味は深いことで、私などに簡単にわかる筈もありません。
また、お経には三つの功徳があると言われ、お経を写す「写経」、持つことの「持経」、
唱えることの「誦経」、つまり、書いても持っても唱えても功徳があるそうですが、
これも私などにはよくわかりません。

ただ、2週間もかけてせっかく覚えたのですから、「忘れないように」繰り返す。
パソコンなどでもそうですが、普通何かを覚えて、でも、忘れてしまったにしても、
「ま~、仕様がないわね~」くらいで済んでしまう。ところが、このお経だけは不思議なことに、
忘れてしまうなんて「勿体ない」と、何故か心底そう思えてくるのですね。
だから、繰り返し唱えることになる。忘れてしまったら勿体ないと思える・・・・・・
何と不思議なことでしょう。何とも説明のつかない「力」のようなものを感じ始めているところです。
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by suirenn2 | 2012-02-28 12:29 | Comments(8)

仏教文化講座 ~ 新宿 明治安田生命ホールにて

ご案内があったので浅草寺主催の「仏教文化講座」へ行ってきました。
毎月一回、仏教・文化の二題の演題をもって、各界の名士を講師に招いて行われている。
昨日は「第675回」といいますから、長い伝統のある講座なのですね。

第一講座は、「宇宙の中の地球」・・・・・
国立天文台理論研究部准教授、小久保英一郎氏のお話でした。
「観測天文学」「理論天文学」の他に「シュミレーション天文学」という天文学分野があり、
スーパーコンピューターを使っての模擬実験による研究をなさっているそうです。
映像を駆使しての壮大な宇宙のお話には引き込まれてしまいました。

太陽から近い順に、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星・・・・・
惑星が並んでいる。それを「水、金、地、火、木、土、天、海、冥」と暗記したものでした。
ところが、現在は、例えば教科書でも、海王星まで、冥王星は入っていないそうです。
冥王星は「月」くらいの小さな惑星で、実は、海王星の外にはもっと大きな惑星がいっぱいある、
それで冥王星は除外されたとか・・・・・・こんなお話でも私には新発見でした。

第二講座は、「東日本大震災と平泉・世界文化遺産登録」・・・・・
天台宗東北大本山中尊寺貫主、山田俊和師のお話でした。
「平泉の浄土について」というサブタイトルで、「釈尊の仏教の目標」「浄土の意味について」
「釈尊が示された三つの浄土」「清衡公による中尊寺建立」など、これらをとてもわかりやすく
話してくださいました。

中尊寺は、年間50万人~60万人くらいの参詣客があったそうです。
それが震災後は1日50人~100人くらい、5月の連休でも1000人くらいと落ち込んだとか。
ところが、6月に世界遺産に登録されて以降は訪れる人が増えて、100万人~120万人に
達するのではないかということでした。
これだけのお客様を迎えるのにお寺は大忙しで、貫主さんご自身も庭掃除など動き回っている。
このお話には皆笑ってしまいました。

2時間ほどの講座でしたが、人の話にじっくり耳を傾ける・・・・こういう時間はいいものです。
しかも私などでもわかりやすく話してくださって、あっという間の2時間・・・・・
内容の濃い有意義な講座でした。
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by suirenn2 | 2012-02-25 10:44 | Comments(10)

ぴんぼけクラブ ~ 小石川後楽園 2月19日

「ぴんぼけクラブ」でPC教室のお仲間と[小石川後楽園]へ行ってきました。
梅を撮るのがお目当てでしたが、今年は何処も開花が遅れている。
ここも2~3本の木が咲いている程度で多くの木はまだ硬い蕾のままでした。
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花菖蒲や紅葉の頃に訪れたことのある庭園です。
10時半に集合、それから1時間半ほどのんびりとひとまわりしてきました。
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カワセミがいました、点粒みたいに小さくて写っているかどうかわからなかったのですが、
かなりトリミングして・・・・・・
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散策の後はすぐ近くの中華料理店でお食事タイム・・・・・
料理の写真を撮ったのですが美味しそうには撮れていないので載せるのは「×」。
普段は中々会えない方ともゆっくり寛げて楽しいひとときでした。
食事の後、女性メンバーは飯田橋まで歩いてコーヒータイム、お喋りに花が咲きました。
ご一緒の皆さん、ありがとうございました。

東京駅へ出たついでに下りてちょっと見てきました。
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更に、浜松町で・・・・この坊やに会うのも久し振りでした。
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by suirenn2 | 2012-02-20 23:56 | Comments(19)

雑談 清盛 トンチンカンで・・・・

友達とお茶を飲みながら喋っていた時のこと・・・・・・
話題は大河ドラマの「平清盛」だったのですが、友達が訊いたのです。
「平清盛って、本当に、あの~・・・・伊東四朗の子どもなの?」
これには笑ってしまいました。つまり、伊東四朗が演じる「白河法皇」という役名が
思い出せなかったからなのですが、「平清盛の父は伊東四朗?」、これって、ちょっと変ですよね?

友達は俳優の名前をよく知っている。一方の私はあまり知らない。
しかも二人とも役名はさっぱりわからないので、そのトンチンカンな会話が実に愉快でした。
ともかく、ドラマを見るなら時代背景や登場人物のこともわかった方が面白いと思って、
それから少し学習してみました。

時代は平安末期「末法の世」と言われる時代、「天皇、上皇或いは法王」、「院政」、「北面の武士」、
「藤原摂関家」、「武士」、「保元の乱」、「平治の乱」といった言葉がキーワードになり、中々の興味深い時代であり、人物像であるのが少しはわかってきたかもしれません。

昨夜の放送は「西国の海賊王」・・・・・
「海賊」というと海のギャングを連想しますが、多くは海洋交易を生業としていた人達だそうです。
ただ朝廷の意のままにならないので、「賊」とみなされ、「海賊」呼ばわりされる。
武装集団としての武士も、朝廷に仕えれば「武士」として認められるけれど、朝廷の意にそわなければ
「山賊」や「盗賊」といった「賊扱い」になる、ドラマでも「番犬」という言葉が出てきたように、
天皇を中心にした貴族社会が絶対的な権力をもって君臨していた時代なのですね。
そして、上皇、法皇、天皇といった人達と、それを取り巻く人達のもの凄い権力争い・・・・・
清盛はそこを巧みに遊泳しながら頂点に立つのでしょうから、それはそれで見応えがあるでしょうか。

ドラマではいま「佐藤義清」という人物が出ている・・・・・後の歌人西行です。
西行が元は北面の武士であることは知っていました。かつてブログにも書いている。
でも、清盛と同時代で、しかも親交があったとはまったく思ってもみないことでした。
登場したからには出家する経緯も描かれるのでしょうか。
少しは話が繋がればドラマも面白く見られるかもしれない・・・・
「平清盛の父は中井黄一」、これではね~、笑い話にもなりませんものね。
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写真は東御苑で撮ったもの・・・・
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梅林坂の梅がほころびはじめていました。
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お花の少ない時、小鳥がいい遊び相手になってくれます。
東御苑では度々出迎えてくれる鳥ですが、ハクセキレイ・・・・?
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これは、シジュウカラ・・・・?
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キングロハジロ?
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パレスホテル、5月半ばにグランドオープンだそうです。
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by suirenn2 | 2012-02-13 17:00 | Comments(10)

針供養 ~ 浅草寺 淡島堂

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針供養の日には、一般には淡島神社に参拝し、針への感謝と裁縫上達の祈りを込めて、
やわらかい豆腐や蒟蒻に古針・折れた針を刺して供養することが行われる・・・・・
ただこの祀り方も地方によって様々で、行事日も一律ではないようです。
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関東~東北地方や、九州の一部では2月8日に、関西以西では12月8日とするところが
多いとか・・・・。この両日はそれぞれ「物忌みの日」とされ、共に忌み慎む日として
針仕事を休んだことから、その派生として針供養の風習が生まれたようです。
歴史的には、江戸時代の淡島願人(あわしまがんじん)という人が、女性の病を癒し、
女性の持つ苦しみを救済することを説かれて、針供養の発展に大きな影響を与えたとか・・・・。
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浅草寺の淡島堂の場合、古くは漁師さんが持ち寄る釣り針もあったそうです。
現在は、和服裁縫関係の方々が中心になって呼びかけを行い、針仕事の関係者は勿論のこと、
浅草寺病院からも新品の注射針を持ち寄って供養しているそうです。
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淡島堂では供養の法要が営まれ、その後に法話もあったのですが、もう人がいっぱいで
中には入れませんでした。
でも、マイクを通して外にも聞こえるのでお堂のそばで法話を聞き、人が空いたところで
お参りをしてきました。

浅草寺境内の一角でひっそりと桜が咲いていました。
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by suirenn2 | 2012-02-09 10:39 | Comments(11)

青葉の笛

「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色、盛者必滅のことはりをあらはす」
「平家物語」のこの冒頭の文章に初めて接したのは、中学に入って間もない頃だったでしょうか。
学校の図書室で何気なく手にとってぱらぱらっと眺めた古典の本でした。

「あ~、京都の祇園の方でお寺の鐘が鳴っているのか・・・・」
京都へはまだ行ったこともなかったけれど、そんな光景が頭に浮かんだものでした。
それだけに後になって、「祇園精舎」が何であるかの意味がわかったときには、
誰が見ているわかでもないけれど、顔から火が出るほど恥かしい思いをしたのを覚えています。
こんなことがあって「平家物語」は私には思い入れのある古典になりました。

その「平家物語」を本箱から取り出してきて最近また適当に読んでいます。
全編などとても読む気にはなれないので、好きな場面だけの拾い読み・・・・・
好きな場面はいくつもありますが、一番のお気に入りは「敦盛最期」の場面になるでしょうか。
「平敦盛」が源氏の武将「熊谷次郎直実」によって討ちとられる場面です。
討ちとろうとして刀を振り上げたものの、あまりの美しさ、しかも自分の子どもと同じ年頃と
思える若武者で、直実は刀を振りおろすことができない・・・・・。

結局、討たれてはしまうのですが、亡骸から笛をみつける。
「あ~、可哀想に、夜明けに聞こえていたのはこの人が吹く笛の音だったのか」と直実は涙・・・
この時、敦盛が持っていた笛は、元々は祖父が「鳥羽院」から給わったもので、
敦盛が笛の名手なので相伝された「小枝の笛」という由緒ある笛だった・・・・・

多分「敦盛最期」のこの場面は昔から名場面として読み継がれたのでしょう。
「青葉の笛」という歌にもなって、尋常小学校の唱歌にもなっていたようです。

     一の谷の戦(いくさ)破れ 討たれし平家の公達あはれ
     暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に 聞こえしはこれか 青葉の笛


いろいろな人が唄っているのやメロディだけのをネットで聴いたのですが
しみじみと胸に響いてくる哀調をおびた曲で、私も聞き知っている歌でした。
CDなど持っていないので、こういう時はインターネットが役立って、便利なものですね。

ちなみに、平敦盛と熊谷直実はそれぞれ花の名前にもなっている・・・・・
「アツモリソウ」「クマガイソウ」、平家物語に思いを馳せて名付けたのでしょうか。

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by suirenn2 | 2012-02-07 12:05 | Comments(6)

立 春

まだまだ厳しい寒さの中、、なぜ「春が立つ」というようになったのか・・・・?

ー 古代中国の陰陽五行思想には「陽極まって陰に転じ、陰極まって陽に転ず」という
考え方があり、「寒さも極まると暖かさに転じる」と連想されたという説が有力です。
禅寺などでは立春を祝して、「立春大吉」と書いた紙札を貼りだしたり、檀家に配ります。
これは文字の左右が対称で、表から読んでも裏から読んでも同じように見えることから、
縁起が良いとされています。また、現在もよく耳にする「春一番」は、立春を過ぎて
初めて吹く南からの強い風のことです。 -  或る本より

地元の神社の豆まき・・・・
もっとも、まいているのは豆ではなく子ども向けのお菓子のようでした。
友人がこの神社の総代で、楽しそうにまいていました。
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散歩の帰りに通りかかったのですが、始まるまで20分近く待ったでしょうか。
歩いている時はそんに感じないけれど、じっと立っていると足もとから冷え込んでくる。
大急ぎで帰ってきて、即席湯たんぽ、ペットボトルにお湯を入れて足を温めたほどでした。

唐辛子のブラックパール、艶々していた実がこんなふうになっていました。
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梅が咲いていました。
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by suirenn2 | 2012-02-04 12:09 | Comments(12)

補陀落渡海記

薬師如来は東方瑠璃光浄土に、阿弥陀如来は西方極楽浄土にいらっしゃる・・・・
東と西、きれいな朝日や夕日を眺めているとそんな気がしないでもない。
信仰などまったく関係なく、何となく聞き知った「浄土」というものがありそうにも思えてくる。

それならば・・・・・朝晩手を合わせている観音様はどこに住んでいらっしゃる?
「補陀落山」というところ、「補陀落浄土」ともいわれるところにいらっしゃるのだという。
インドの言葉では「ポータラカ」と言い、どうやらそれは南方の海上の彼方にあるらしい。

観音信仰が盛んになってくると、日本でも「補陀落山はどこであろうか」ということになって、
日本各地、例えば栃木の二荒山や山形の月山も補陀落山として信仰されたようです。
そういう中で、特に信仰が深かったのが、和歌山の「那智勝浦」の方で、勝浦の浜から
小舟に乗って南方の海上まで探しに行く人もいたらしい。
それも、僅かな食料を積んだだけ、乗りこんだ場所は中からは出られないように外側を
厳重に囲われ、沖まで曳き船に引かれて、後は流されるだけ・・・・・。
信仰の強さによるのでしょうが、実際にこういうことがあったそうです。

このあたりのことを書いているのが、井上靖の「補陀落渡海記」です。
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本人はその気がないのに、寺の慣習として否応なく舟に乗せられてしまう僧侶の物語です。

沖へ流され一度は囲いを破って舟から逃げ出し、漂流して島へ流れ着くのですが、居合わせた人達によって再び舟に乗せられてしまう。

舟に乗せられる時に「救けてくれ」と言うのですが、声が小さかったこともあり、まさかこんなことを言うとも想像できないことで、まわりの者には言葉として届かない。

井上靖の文章は静謐で格調があり、哀れさがしみじみと伝わってきました。
本屋さんでは古い作家のものはもう並んでいなくて取り寄せてもらったのですが、
短編ながら読み応えがあり、久し振りに小説の面白さを堪能しました。
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by suirenn2 | 2012-02-02 11:45 | Comments(4)