2014年 04月 13日 ( 1 )

あきらめる

「要支援」とか「要介護」、言葉としては聞き知っていても詳しいことはわからない。
いずれわが身、現実には母親・・・・・の問題ながらいたって無頓着です。
昨日、久し振りに実家を訪れたら「要介護3」だった母が「要介護1」になったという。
  「要介護3」とは、独り暮らしは不可能、食事や排せつなど援助が必要なレベル。
  「要介護1」とは、若干の問題はあるものの、独り暮らしも可能なレベル。

おおよそこういうことであるらしい。
レベルダウンしたわけだから、先ずはメデタシ、メデタシでしょうか。
昨年の今頃は入院中で、5月の連休明けに退院した時には歩くのもおぼつかない状態でした。
退院後は近所を散歩するなど歩くことに努め不自由はなくなったようでしたが、
膝への負担が大きかったようで、いまは散歩も控えているとか・・・・。
「自転車ごぎ」の健康器具を買って毎日漕いでいるらしい。

母をみていると、本当に、チョー真面目に、つくづくと思うのです。
「いづれ我が身」「明日は我が身」「我が身の行く末か」・・・・・と。
母は実家で弟夫婦やその家族と一緒、恵まれた住環境のなかでよく面倒をみてもらって、
申し分のない状況です。

それにひきかえ私はどうなる?・・・・・いえ、私は考えないのです。
一応真面目に年老いた姿を想像はするけれど、想像止まり、それ以上は考えない。
「なるようにしかならない」、開き直っているのではなくて、一種の諦めでしょうか。
年を重ねるとは、静かに静かに諦めていく「諦念」への道のりのような気がします。
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by suirenn2 | 2014-04-13 12:10 | Comments(10)