3月 とりとめんく・・・

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我が家は女の子二人、「一人にひと飾り」とはいかなくて、二人共用でした。
それでも、お雛様が飾れただけましだったでしょうか。

私自身はお雛様を飾ってもらったようです。
雛段と一緒に写った幼い頃の写真がのこっています。
けれども、終戦後間もなく生まれた二人の妹にはそんな思い出さえもない。
妹二人がそれで僻んでいるのでもないのですが、なぜかひな祭りになると
幼かった妹たちのことが浮かんでくるのです。
貧しくて、食べるのが精いっぱい、お雛様どころではない時代でした。

さて、話題をかえて・・・・・わくわくするようなニュースでした。(3月2日 読売新聞)
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飛鳥時代では破格の規模で、被葬者は天皇(大王)級の人物だったことが確実になった。
そうあります。被葬者は舒明天皇? 蘇我蝦夷? 興味深いですね。

舒明天皇といえば、その息子は「中大兄皇子(後の天智天皇)」、蘇我蝦夷といえば
その息子は「蘇我入鹿」、中大兄皇子、蘇我入鹿ともに、古代史を劇的に彩った
人物です。「乙巳の変」という宮廷内(飛鳥板蓋宮)でのクーデター・・・・・

蘇我入鹿は中大兄皇子によって暗殺され、天皇家を凌ぐ権勢を誇っていた蘇我氏は
ここに滅亡します。きっかけは、蘇我蝦夷、入鹿の親子が血縁にあたる皇子(古人大兄
皇子)を次の大王に擁立しようとしたため、中大兄皇子に失脚の恐れが出てきた。
この状況を覆すために、暗殺という謀略をもちいて蘇我宗本家を滅ばしたのです。
この事件をきっかけとして、大王を中心とした律令制的な中央集権国家体制を
目指すことになります。これが「大化の改新」ですね。

今回のこの巨大墳墓は、まさに激動の古代の遺跡です。
西暦645年頃の遠い遠い昔の遺跡が発掘されることに驚くとともに、
今後の研究によって明かされるであろうことが楽しみになってきました。
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東御苑で・・・・
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ヒヨドリが群がっていました。人がいようと平気で、わさわさ枝と揺らしている。
桜にヒヨドリ、可愛くない!
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フクジュソウは満開になっていました。
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by suirenn2 | 2017-03-03 12:01 | Comments(8)
Commented by クリス at 2017-03-04 10:32 x
すいれんさん
雛祭りも終わってしまいましたね。

私は戦後の東京生まれ、食べるものを調達することで手一杯だったそうで…
お雛様はありませんでした。
段を作り赤い布をひいて、母手作りのぬいぐるみを飾っていたそうです。
それも懐かしい思い出です。

あ、これが椿寒桜ですか~。
ふふふ――桜にヒヨドリ、可愛くない!――大笑いしました。
東御苑ですか~。
Commented by semineo at 2017-03-04 13:50
ひな祭りも終わりましたね、我家も娘2人で、
長女の時には実家からは7段飾り、御仲人さんら内裏雛の木目込みが届き、
次女は買わずに済ませてしまいました。
私の時は雛の掛け軸と色紙が飾ってあったのを覚えています。

小山田遺跡では新たなに見つかった石室への通路跡、
どなたの墓かワクワクと楽しみです。
いつの世も権力争いで暗殺・・・恐ろしい~。

Commented by はっちゃん at 2017-03-04 18:58 x
ひな祭りも過ぎましたね。
なかなか暖かくなってこないですね~!
私も内裏様と犬を引いた官女が飾ってあったことをかすかに覚えています。
娘には木目込みで7段飾りのお雛様を2年がかりで作りました。
今年はきちんと段飾りにしたというので、先日見に行ってきました(^_-)-☆

古代史のロマンにすいれんさんワクワクですね。
この時代は策略、暗殺と怖い時代だったみたいだけど、また新しい発見で歴史が紐解かれますね。

フクジュソウも葉が出てくると違う花のようですね。 我が家も葉福寿草になっています(^_-)-☆
Commented by suirenn2 at 2017-03-05 10:35
クリスさん
おはようございます。
妹たちにお雛様がなかったことは親としても心残りだったのでしょうか。
ずっと後になって「飾ってやれなかったな~」と父が言っていたことがありました。
雛祭りが祝えるのも平和な時代なればこそですね。

椿寒櫻、よくよく見てみると一重の花ですね。
私にはふっくらとした八重のようのもみえたのですが・・・(訂正です)
ヒヨドリが10数羽も群がっていて賑やかなことでした。
それにしても、あのヒヨドリ、いつ見ても我がもの顔でしぶとい鳥ですね。


Commented by suirenn2 at 2017-03-05 11:06
semineoさん
おはようございます。
女の子二人では共用になりますよね。
七五三の着物もそうでした。別にケチッたわけでもないけれど・・・。
きょうだいでも上は新品、下はおさがり、ちょっと不公平な気がしますが、
そういうこともまだまだあった時代でしたね。

蘇我氏は入鹿が暗殺されたときに、父の蝦夷も自刃しているのですね。
それだけに蝦夷説には興味津々、惹かれます。
ほんと、また新しい発見があるのでしょうね。


Commented by suirenn2 at 2017-03-05 11:28
はっちゃん
おはようございます。
娘が結婚するときお雛様を持っていってもらおうと思ったら
「荷物になるから」と断られました。二人ともそうです。
同じようなことが友達の家でも何軒もあります。
住宅事情もあって嵩張らないことが好まれるようですね。

たまたま本を読んで知っていた時代だったのででわくわくするニュースでした。
こうした遺跡の発掘や古文書発見などで歴史の解釈がかわりますからね。
どんな発見があるのか楽しみです。



Commented by おせっちゃん at 2017-03-06 07:56 x
昨日、お雛様片付けました。
私は12年上の姉と、3歳年下の妹と、3人姉妹でしたが、
お雛様は姉の時求めた御殿飾りのものでした。
私と妹は市松人形が与えられました。
Commented by suirenn2 at 2017-03-06 11:01
おせっちゃん
おはようございます。
早く片づけるのが良いとされているのですね。
我が家では遅くなってしまったこともあったのですが、
娘たちの婚期が遅れることもなく済みました。
啓蟄に片づけるのが良いという風習もあるそうですね。

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