はるかのひまわり

ちょっと日が過ぎてしまいましたが、東御苑でとった写真を載せておきます。
(自分にとってこれでも記録にはなりますので・・・・)

「はるかのひまわり」がまだ咲いていました。
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阪神・淡路大震災のときに神戸で「加藤はるかさん」という少女(小6)が亡くなった。
その夏、はるかさんの家があったところでヒマワリが咲いていた。地元の人たちは
それを「はるかのひまわり」と名づけ、広く知ってもらいたいと種子をとってひろめる
活動をしていた。
そして、10年後、追悼式のために神戸を訪れた天皇皇后両陛下に遺族代表の少女が
差し上げた。両陛下はその種子を御所のお庭でお育てになり、とれた種子を宮内庁に
くだされた・・・・・と、こういう謂れのあるひまわりです。
毎年、東御苑では「はるかのひまわり」として案内板も掲示され、今に伝えられて
います。

これは「ガクアジサイ」でしょうか?
色は地味ながら日陰でまだきれいに咲いていました。
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ころっと丸い蕾のようなもの、はじめ何だかわからなくて・・・・・
名札が出ていて「タマアジサイ」とわかりましたが、丸いのはやはり「蕾」、
これが割れて花開くようですね。お花が2~3輪咲いていました。
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「ツリバナ」が実をつけていました。
秋になると実は赤くなり、それが「花でも吊るしたように」みえることから
「吊り花」の名前になったとか・・・・
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「ホソバイヌビワ」、実は食べられるともいうのでうが、どんなものでしょう?
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珍しかったのは、これ、「蝿毒草」、初めてみました。
「蝿取草」ともいうそうですが、昔は、この根を煮詰めて蝿取り紙を作ったとか・・・・
ひとつだけ草むらに咲いていて、これでもなんとかやっと撮れた写真です。
名前は毒々しいけれど、清楚で可愛らしい花でした。
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# by suirenn2 | 2017-08-17 11:31 | Comments(0)

先日、東御苑を訪れたときには辺り一面の蝉時雨でした。
そんな中で偶々ベンチで休んでいたときに「ツクツクボウシ」の鳴き声が
きこえたのです。いっとき、耳を傾け聴き入ってしまいました。
家の近くでも蝉は鳴いていますが、殆どは「ニイニイゼミ」や「ミンミンゼミ」、
ツクツクボウシの声を聴くのは珍しいことです。

そこで、ふっと思い出したのが「蜩」です。
もう何十年も蜩のあの「カナカナカナ」という鳴き声を聴いていないような?
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思い出しただけで急に懐かしさがこみ上げてきました。
田舎で暮らしていた小学生時代、夕暮れともなると必ず聴こえてきた。
子ども心にも哀調をおびた鳴き声に、一抹の寂寥感を感じたものでした。
疎開者として貧しく暮らしていた時代、自分たち家族がまわりの者から
どのような目て見られていたかは察せられることでしたから、そうした
言うに言えない想いに蜩の鳴き声が重なるようでした。

いま「カナカナカナ」のあの鳴き声を聴いたとしたら・・・・・?
遠い昔のやるせなかった時代を思い出して私は涙ぐんでしまうかもしれない。
書きながらもちょっと感傷的になっています。
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# by suirenn2 | 2017-08-15 12:14 | Comments(4)

なんとなく綴っています

お盆の帰省時期、高速道路の渋滞や新幹線、飛行機の混雑が毎年話題になります。
今日はもうUt-ンの混雑が始まっているでしょうか。
ネタ探しで歳時記の暦をめくっていたらこんなのがありました。
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「省」には親の安否をたずねるという意味がある。なるほどね~。
いまほど交通通網も通信脳も発達していなかった時代には、「帰省すること」にも
格段の重みがあったということなのかもしれません。

東御苑ではハマナスが赤い実をつけていました。
漢字では「浜梨」「浜茄子」とも・・・甘酸っぱい実を梨にたとえて
「ハマナシ」だったものが、東北弁で訛って「ハマナス」になったとか?
アイヌの人たちがイヨマンテの祭りに用いた植物でもあったそうです。
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こちらは「シロバナ(白花)ハマナス」、まだ白い花が少しのこっていました。
実のつき方は同じような?ちょっと違うような?
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果樹のコーナーでは古品種などのリンゴやナシが実をつけていました。
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ナシも名前をおさめてきたのですが、何がなんだかわからなくなってしまいました。
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これはカキ、「禅寺丸」という名前が懐かしい!
田舎で過ごしていた小学生時代、家の周りにあった柿の木です。
家といっても我が家は疎開者、本家の屋敷の隅っこの小屋みたいなところで
暮らしていたので、たわわに実る柿も眺めるばかりでしたが・・・・
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セミの抜け殻でしょうか?
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そういえばこんな言葉もありました。
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先日の台風5号は和歌山県に上陸したとのこと。
和歌山県には長いお付き合いのブログ友がいるので心配していましたが、
被害もなく済んだようでホッとしました。
「史上3位の長寿台風」だったという。「長寿」という言葉には「目出度い」
ようなイメージもあるのですが、台風ではね~、恐ろしいですね~。
9日の読売新聞の記事、載せておきましょう。(赤線部分は私が引いたもの)
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# by suirenn2 | 2017-08-13 11:38 | Comments(2)

東京 猛暑日

今朝(10日)の読売新聞の記事です。
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暑かったですね、テレビではこの猛暑が数日続くようなことも言っていたのですが、今朝はどんよりした曇り空、陽射しがない分だけ助かっています。
湿度は高いけれど北側から涼しい風が通り、いまのところ扇風機だけで凌げている。やれやれ、ほんとにホッと一息です。

昔、40代の頃、中国旅行で南京を訪れた時のことを思い出します。真夏でした。
南京は暑いので有名なところ、「世界の三大ストーブ」」とか言われていて、
夏は30度以上にもなるとガイドさんが言われたのです。
「30度以上」ときいてツアー客一同「ヒャ~」とびっくりしたものでした。
つまり、当時の日本人観光客にとっては信じられないような数字だったのですね。

あれから30~40年、日本でも他人事ではなくなってしまいました。
やはり、地球温暖化のせいなのでしょうか。
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東御苑で撮った写真の続きです。

ヒメコウボネ、『姫河骨」「姫川骨」・・・
水中の根茎が白くゴツゴツして骨のように見えることからの名前らしい、
この根茎は漢方薬に用いられるとか。
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カイコウズ(海紅豆)、「アメリカ梯梧」とも・・・・
アルゼンチンやウルグアイの国花、日本では鹿児島県の県木です。
但し、鹿児島県では「梯梧」とだけ言われ、寒さに弱い種類のようで、
アメリカ梯梧とは区別されているようです。
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雑木林の中、すぐ近くで蝉が鳴いていました。「どこにいる?」
葉が生い茂った木のなかから蝉一匹を探し出すのは難しいものです。
よくぞみつけて、ハイ、撮れていました~。
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天守台跡の石垣の松の木が、いっつにも増して絵のように美しくみえました。
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# by suirenn2 | 2017-08-10 11:19 | Comments(2)

東御苑散策 緑豊かな自然に癒されました 8月3日

些か体調を崩し医者通い、検査などもあって悶々とした気持ちでした。
それで、もうヤケノヤンパチ、不貞腐れて思い切って出かけてみました。
久し振り、本当に久しぶりの東御苑でのカメラ散策です。

大手門そばのお濠が水草に覆われていました。
こんなのを見るのは初めてです。それでも白鳥が1羽、遠くに浮かんでいました。
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すっかり見慣れて何ほどのこともない石垣が、眩しいほどに美しく目に映ります。
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そして、緑濃い雑木林、僅かな水の流れ・・・・・
雑木林には四季折々に癒されてきたとはいうものの、「緑がこんなにきれいだったか」と
感動で胸が詰まるくらいでした。「来てよかった!」
クサクサした気持ちはいっきに吹き飛んでしまいました。
ただ木が生えている、特別の木があるわけでもない。
けれども、こうした雑木林、里山の風景といったものには、紛れもなく
「自然の治癒力がある」と本気だそう思ったのでした。
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桔梗と女郎花が咲き残っていました。
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池のまわりでは百日紅が花盛りです。
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池では「ヒレナガニシキコイ」が悠々と泳いでいました。
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いつものようにざっとひとまわりしてきました。
写真もいっぱい撮ってきました。整理して、またアップするとして・・・・
家に籠りがちな今では気晴らしになるでしょう。
# by suirenn2 | 2017-08-06 12:09 | Comments(0)

8月 とりとめなく

昨日のこと、マンションの友達との茶飲み話で突然訊かれました。
「暑中見舞いのハガキって、お盆までに出せばいいんだったかしらね?」
一瞬何のことかわからなかったのですが、ちょっと話をきいて納得でした。
要するに「暑中」か「残暑」か、言葉の使い方のことでした。

そういえば、そんな決まりがあったような・・・・・?
歳時記の本で読んだことがあるので家へ戻って早速調べてみました。

     暑中とは暑さの厳しい「大暑」にあたる期間のことで、
     「小暑」から「大暑」を挟んで「立秋」の前日までをさす。
     暑中見舞いもこの時期、特に大暑から立秋の前日出すのが
     正しいとされ、立秋を過ぎたら「残暑見舞い」とする。

「立秋」といえば7日、もうすぐです。
友達に知らせたら「まだハガキも用意しない」とややビックリした様子でした。
故郷の恩師や幼馴染に毎年見舞い状を送っているという。今年はハガキを買おう
と思っているうちに日が過ぎてしまったらしい。それにしても、律儀なことに
感心しました。
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8月になりました。昨日は雨、今日は猛暑が嘘のようにひんやりして、
Tシャツ1枚ではやや肌寒いような・・・・
それにしても、何となく日が過ぎて「もう8月か」と思う。
こんなどうでもよさそうなことをブログで綴っているのが、これでも
自分にとっては些かの頭の体操になっています。

7月最後の日、朝、うろこ雲のような雲がみえました。
カンカン照りのなかで工事現場の人たちが働いています。
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夕空と月・・・
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なんとはなしネタ探しをしていたらこんなのがありました。
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# by suirenn2 | 2017-08-02 11:08 | Comments(4)

絵画展 目黒区美術館 7月28日

楽しみにしていた友人Hちゃんの絵画展へ行ってきました。
今回のHちゃんの出品は3点、もう何回もみせていただいているのですが、
訪れる度に何か発見があって、それが私なりの楽しみなのです。
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今回は「夏の日」と題する人物画が、ふっと惹かれるものがあって印象的でした。
モデルさんはもとよりまったく知らない女性です。ところが、絵をひと目みるなり
親近感のようなもの、愛らしさに気安く声をかけたくなるような気持になり
とても惹かれたのでした。

声にはならないけれど心の中で何か話しかけている、そんな感じだったでしょうか。
この「絵と会話ができる」ような感じは、絵をみる場合にとても大事なことではないか
と私は思っているのですが・・・・・。

ひと通り見終わった後は目黒川沿いの日本料理店での昼食、鰻丼でした。
但し、小丼、鰻は半身くらいでしたが美味しかったです。
その後は、目黒では有名というフルーツを扱うお店で「フルーツパフェ」を・・・・
並んで待たないと入れないほど有名なところとか、フルーツパフェは
ボリュームがありしかも美味しくて、「なるほど」と人気の理由に納得でした。

Hちゃんのお友達共々のの楽しいひとときでした。
このところ出歩いていないので私には大いに暑気払いにもなりました。
ご一緒の皆さま、ありがとうございました。
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名前がわかりません。
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# by suirenn2 | 2017-07-29 11:39 | Comments(6)

夜の蝉

蝉の鳴き声がきこえるようになりました。
数日前、朝起きて戸を開けたらすぐ近くで鳴いている。
けれど、8時過ぎになると近くではもうきこえません。
家の前での建設工事が始まり、ドタンバタン、蝉も騒音で寄ってもこない。
そのかわりとでもいうように、夜になるとどこからともなく聞こえてくる。
まるで合唱でもしているような鳴き声・・・・

今や都会では夜鳴く蝉は珍しいことでもなんでもない。
たいていの人がその理由も察しがついていることと思われますが、
ちょっと興味をもってネットであたってみました。

生態学に詳しい林正美さん(埼玉大学教授)のお話。(赤線は私が記す)
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タイのバンコクなどでは「蝉は夜鳴くもの」と決まっているらしい。
日本でもそのうちに特に都会ではそういう傾向になってくるのでしょうか?
 
こんな話からいつも思い浮かんでくるのは、金田たつえさんの歌。
前にどこかでブログアップしていますが・・・・
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作詞の萩原たかしさんは私が作詞を学んでいた頃の同人誌の同人、
お目にかかったこともないのですが、いつも上位にランクされる方でした。
この歌が発売された当時、「夜の蝉」というのはまだあり得ないことだったような?
それだけにタイトルも、「胸をふるわせ夜鳴く蝉は」「命じぼって夜鳴く蝉は」と
いったフレーズも新鮮で幻想的、強烈な印象だったのを思い出します。
いまになってみると、「夜鳴く蝉」といった語句のインパクトは薄れてしまう。
勿論、それで歌の価値がかわるものではありませんが、つくずくと歳月を感じる
というか、近年の気候の激しい変化に思いいたるのです。
# by suirenn2 | 2017-07-27 13:02 | Comments(2)

飛鳥学講演会 よみうりホール 7月23日

澤田瞳子さんの作品は好きで殆ど読んでいるでしょうか。
もう大好き!大ファンといっていいでしょう。
どの作品も感動とともに印象深くのこっていますが、特に仏師「定朝」を
主人公にした「満つる月の如し」は、いまでも思い出すとじ~んと胸が
熱くなってきます。どの作品からも感じられる作風の清冽さのようなものが
私の好みにあっていて作品に惹かれるのかもしれません。

その澤田瞳子さんの講演があるという。早速応募して出かけてきました。
唯々澤田瞳子さんを一目みたいというミーハー的な単純な理由でしたが・・・・
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講演は面白かったです。いままできいたこともない私には新鮮なお話でした。
我が国で最初に出家したという「善信尼」という尼僧のお話です。

日本に仏教が伝来した当初、仏法の正式な修行者として3人の女性が選ばれた。
この3人の女性は、やがて留学生として百済へ渡り、さらに修行して受戒を得て
2年後に帰国、仏教寺院で多くの人を出家に導いた・・・・
日本の仏教の礎になったのが、「女性」であったということに、これはもう
私には驚愕的なこと、本当に驚きでした。

飛鳥時代、「日本書紀」の記録では、当時、寺46所、僧816人、尼569人、
計1385人の僧尼がいたという。
仏教の興隆期に寺が建てられ多くの僧がいたことは想像できることでしたが、
尼僧が「569人」もいたとは思ってもみないことでした。
仏教といういわば「知的集団」、何となく男性優位と思われがちなのですが、
決してそうではなかったのですね。

澤田瞳子さんのお話は弁舌爽やか、時に笑わせて、作品から感じられる清冽さなど、
そのままのお人柄も見受けれるようで素晴らしいものでした。
最初の講演、清水昭博氏(帝塚山大学教授)のお話、出土した瓦からの考古学
アプローチもわかりやすく面白かったです。

     いまから1400年の昔となる飛鳥時代は、女性が大いに活躍し、
     輝いた時代でありました。女帝が次々と誕生し、女性ならではの
     感性で政治を行いました。また宗教や文学においても、女性たちの
     躍進ぶりには目を見張るものがあります。日本が国家として歩み
     はじめたとき、なぜ彼女たちが時代を力強く牽引したのでしょうか。
     その答えは、きっと飛鳥にあり、日本の女子力の原点があるはずです。

パンフレットにあった文章を最後に載せておきます。
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# by suirenn2 | 2017-07-26 12:12 | Comments(2)

読書のこと

相変わらずの読書三昧です。
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この中に「溟い海」という作品が収録されていて、どうしても読みたいので
早速買って読んでみました。藤沢周平にとっては初期の作品のようです。

「溟い海」は晩年の葛飾北斎の姿を描いた作品です。
「富嶽三十六景」を描いて評判になり一躍人気絵師になったものの、
その後の「富嶽百景」は不評で、人気も落ち目になってきた。
そんなところへ「東海道五十三次」を描いて大評判の歌川広重が登場してくる。
この広重に対する凄まじい嫉妬心、やがてはそれが敵意にもなり、ならず者を
巻き込んで広重を襲撃しようとする・・・・・

私は北斎の「富嶽三十六景」は好きで、展覧会などにも出かけていました。
緻密に計算されたような斬新な構図には唯々感心して見入ったものでした。
天才的とも思えるようなそんな北斎が、なぜ広重の「東海道五十三次」に
殺意さえいだくような敵意を剥き出しにしたのか・・・・・?

当然のことのように次に興味が向いたのは「東海道五十三次」、その絵です。
「どんな絵なの?」、みたことがあるような、ないような・・・・・?
2~3日頭の中で燻っていたのですが、なんと我が家にその絵があったのです。
2011年から2012年にかけて読売新聞の読者サービスとして額絵シリーズ
が配布になり、それが保存してあったのでした。

横37㎝×縦26㎝あまりの複製画、全55枚のコレクション。
驚きました。これがどれも素晴らしいのです。本当に素晴らしい!
いっとき北斎の「富嶽三十六景」も霞んでしまうような感動でもありました。
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藤沢周平の作品を読むとき、いつも深く心に沁みる入るのは美しい風景描写です。
今回、広重の絵に接して、そのあたりの作風の意味がわかるような気もしました。
そして、だからこそ対極的な北斎についても、内面深くまえで踏み込んで描くことが
できるとというものなのでしょう。まさに作家の力量でしょか。

「溟い海」は私にとっても発見というか、新たなものの見かたを教えてもらった
忘れがたい作品になりました。
# by suirenn2 | 2017-07-20 12:13 | Comments(2)